右手を眺めて

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私は、脳出血の後遺症で右半身不随となり、後にうつ病に陥ってしまった自分の手記を綴り始めた。半身不随とうつ病に向き合うために。 身体障害と精神病。これらを正面から向き合って理解すること。これは私にとって過酷な作業であり、また時には残酷な作業でもある。

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11話

とかく入院なんてのは暇なもんだわなぃ。ましてやうつ病なんてのは暇してるのが治療みてぇなもんだから時間はたっぷりあるだよ。
最初の一週間は寝たなぁ。朝から晩まで、夜から朝まで、とにかく寝てたで。それこさ暇さえあれば寝てたってやつだわぃ。薬で寝れるってのもあるがな、それにしても人間ってやつぁこんなに寝れるだなぁって思ったくらいだで。

そんな頃、騒動は起きただよ。
「そっち、いたか?」
「いねぇ」
「便所は全部調べただか?」
「調べました」
寝ぼけ眼のオラァも気付くような騒ぎだで。
「なんかあったんすかぁ?」
隣のベッドの滝沢さんに聞いてみただ。滝沢さんは60過ぎの体格のいいおっちゃんだで。なんでも植木職人だったらしく、手と顔の皺が現役時代を物語ってるわぃ。
「お、起きちまったか?この騒ぎだもんな、無理はねぇ」
「あんしたっすかぁ?」
「ノブちゃんが居ねぇだよ」
「・・・ノブ・・・ちゃん・・・?」
「あんたぁ知らねぇかやぁ?眼鏡かけて丸っこい女の子ぉ」
「・・・?・・・」
「ほれ、食堂でよく折り紙やってぇだねぇか。あん娘さぁ」
「あぁ・・・」
二、三度話しかけられたことあったっけ。30歳くれぇで、子供の話ぃしてたっけなぁ。確か4歳の子供がいるって・・・
「で、ノブちゃんが・・・?」
「だからさぁ、あん娘がどっか行っちまって見つかんねぇだよ」「はぁ・・・」
「あん娘ぇ、帰ってきたら閉鎖棟行きだな。まっ、一週間は開放棟へは戻って来れねぇだずなぁ」
「はぁ・・・」
夕方、ノブちゃんは戻って来ただ。職員さんに両脇を抱えられて引きずられるように戻ってきただ。
わんわん泣きながら閉鎖棟へ入って行ったっけ。

10日ほどすると、食堂で折り紙を折ってるノブちゃんがいたで。
いつものように、冬の夕陽にすっぽりと包まれて折り紙を折ってたで。少し元気がないように見えたのは、オラァの気のせいかやぁ。
「たけちゃん、久しぶり」
「お・・おぅ・・」
思ったより元気な声にたじろいちまったでや。
「ねぇ、あたし、どこ行ってたと思う?」
「あ?・・・閉鎖・・・だずぅ?」
「違うよ、そうじゃなくって。閉鎖も保護室も行ったけど、あの時の話だよ」
「あ?・・・あん時ぃ?」
「うん、あたしが居なくなった時の話」
「あぁ、あん時なぁ・・・どこ行ってただ?」
「あのね、空を独り占めに行ってたんだ」
「はぁ?・・・」
「病院の裏に田んぼがあるでしょ?あそこで大の字に寝転んで空を見るんだよ。そうするとね、空いっぱいが独り占めできるんだよ」
「へぇ、そうなんだぁ」
「空っていいよね、正直で・・・嘘つかないし・・・」
ノブちゃん、折り紙の手を休めて、紅くなりはじめた空を眺めてるで。
「ノブちゃん、あんま無茶すんなぃ」
「うん、わかってる。あの時独り占めできたから・・・もう、いい」

空を独り占めしたノブちゃん、一ヵ月後くれぇかやぁ、退院してったで。
子供の手ぇ引いて、旦那さんと三人で退院してっただよ。
もうノブちゃんの眼には家族しか映ってねぇんかやぁ・・・
空はもう映ってねぇんかやぁ・・・
posted by たけぱん | Comment(0) | TrackBack(0) | 手記
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